身近な小さな幸せを感じられる人は幸福な人生だという考え方がある。
買い物で小銭をピッタリ出せただとか、ふと目に入った花が綺麗だったとか、仕事の後のご飯が美味しかったりだとか、そういった日々の良かったことに感謝して生きていると、まあ楽しいよね。
美人やイケメンを見かけたら、目の保養になるし…(笑)
「お手々の皺と皺を合わせて幸せ」という言葉もある、って違うか(笑)。
親戚から蟹がきました めでてぇな こりゃ めでてぇな ♪ (私立恵比寿中学 「こりゃめでてぇな」)
逆に、小さいことに苛立ってしまったりするのは、疲れるだとか不幸だとかいう考え方もある。
古の東洋思想においては「器の大きさ」が重要視されており、小事を気にしないのが大人物とされている。
アメリカ?でも、リチャード・カールソン氏の「小さいことにくよくよするな!」という本がありますね。
いや、どっちやねん(笑)。
まあ、良いこと嬉しいことは小さいことでも感じ取り、嫌なこと腹立つことは気にしない、こんな風にできれば理想的なんだろうけど、「小さいこと」という物事に対して相反する二つの考え方で捉えていくというのは一朝一夕でできることではないので、この辺りは意識して習慣化していくことかなと。
ちなみに、さらに混乱を招くのであれば(笑)、「天下の事万変すと雖も、吾がこれに応ずる所以は喜怒哀楽の四者を出でず」という王陽明の名言もあります。
大であれ小であれ、怒ったり哀しんだりが悪いことみたいに言われることは多いけど、ここでは「正しい怒り(義憤みたいな?)」「正しい哀しみ(親戚の不幸とか?)」なんかはむしろ肯定されています。
感情を抑圧するのは人間らしさの喪失かなとも思うので、しっかりと喜怒哀楽をあらわしていくのも大事ですね。
アレ?小さな幸せの話から、何やら明後日の方向に…(笑)